選挙が翌年に迫るなか、南区の現職市議が引退表明。
さらに、決定していた後継者がまさかの立候補辞退。
地元の緊急事態に、すが議員から出馬を打診される。
大激戦・南区。地盤(組織・票)、看板(知名度・肩書き)、カバン(資金)なしでも即決断。恩師の要請に奮い立ち、 地元をひたすら歩き続ける。
「3.11」東日本大震災発生!
祖父は宮城出身。 繰り返し映し出される悲惨な光景を見るたびに愕然!伝え聞いていた自然豊かな美しい東北の面影がなくなっていくことに絶望する。 (ゆさブログへ)
連絡手段が遮断された親戚、友人の安否がますます気になる。大勢が避難する地元小学校に駆けつけるも、現職議員ではないこと、選挙目前であることから立ち入りを拒否される。
「悔しい。でも、いまできることをしよう」と帰宅困難者受け入れのために事務所を開放。 「絶対に当選しなければ!」 同時に「すぐやるべきこと」「できること」「やりたいこと」を分けて、取り組む重要性を再認識。
「議員として、少しでも長く後方支援を続けさせていただきたい、災害に強い横浜をつくる。そのためにも、勝つ!」
すぐにでも被災地に行きたい気持ちを抑えながら、4年間の代弁者を決める選挙に臨み、初挑戦で初当選。
お預かりしたバッジを胸に、作業員で被災地へ。
報道では伝わらない、突き刺すにおいと残酷な現実。当事者ではない私たちに、何ができるのか・・・。
(当時の記録をゆさブログにまとめてます。)